ミカ書

 

 

「まことに、痛手はいやし難く、ユダにまで及び、わが民の門エルサレムに達する。」 ミカ書1章9節

 

 今日からミカ書を読みます。著者のミカは、南ユダ王国の王ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの時代に活動した預言者です(1節)。彼らは、紀元前740年ごろから680年ごろまで南ユダ王国を統治していました。この時期、北イスラエル王国では、ホセアやアモスが預言者として働いていました。南ユダでは、イザヤと活動時期が重なります。

 

 勿論、ミカの活動がこの全時代に及ぶとは思われません。ただ、この時代はユダにとって激動の時代でした。長期安定政権を築いていたウジヤ王が亡くなって、その子ヨタムがその跡を継いで王となったとき、北にアッシリア帝国が勢力を伸ばして来ていて、ユダにとっても次第に大変な脅威となって来ました。

 

 アハズ王のとき、そのアッシリアと対抗するため、北イスラエルの王ペカはアラム(シリア)の王レツィンと同盟を組み、南ユダの王アハズにも同盟に加わるように申し入れてきました。アハズがそれを断ると、シリア・イスラエル連合軍がユダに攻め込んで来ました(列王記下16章5節、紀元前734年)。

 

 イスラエル・アラム連合軍に対抗するそのため、アハズはアッシリアに援軍を依頼します(同16章7節以下)。アッシリア王ティグラト・ピレセルはそれに応え、ダマスコに攻め上ってこれを占領し(同9節)、さらに、北イスラエル王国に攻め寄せて、北イスラエルのほぼ全地方を占領し、住民を捕囚としてアッシリアに連れ去りました(同15章29節)。

 

 その後、ペカに対して謀反を起こしたエラの子ホシェアがサマリアでイスラエルの王となり、9年間王位にありましたが、その時代にアッシリアの王シャルマナサルが攻め上って来ました(同15章30節、17章1,3節)。何度も攻め寄せられているということは(同15章19節も)、エジプトなどを頼りに反抗する姿勢を示したりしたのでしょう(同17章4節)。

 

 その結果、首都サマリアが3年間包囲された後、ついに陥落し、イスラエルの民は捕らえられてアッシリアに連行されました(同6節、18章9節以下:紀元前722年)。ミカの活動は、おそらくサマリア陥落の少し前に開始されただろうと思われます。

 

 南ユダも、アラム・イスラエル連合軍の攻撃からは守られました。しかしながら、それ以後アッシリアに従属させられることになります。その結果、アッシリアの神々を受け入れることにもなります(同16章10節以下)。

 

 アハズの死後、跡を継いだヒゼキヤ王は、国内に宗教改革を断行し、異教の神々を排除しました(同18章3,4節)。そして、紀元前704年、皇帝がセンナケリブに変わったのを好機と見てエジプトと結び、アッシリアに反旗を翻し(同18章7節)、独立を宣言します。

 

 初めは順調でしたが、やがてアッシリアの国力が増大し、ついにユダの防衛線が突破され(同18章13節)、エルサレムに迫ってきました。ヒゼキヤは莫大な賠償を支払うことになりました(同18章14節)。紀元前701年のことです。

 

 ミカ自身のことについては、殆ど知られていません。ただ、エレミヤ書26章18,19節に「モレシェトの人ミカはユダの王ヒゼキヤの時代に、ユダのすべての民に預言して言った。『万軍の主はこう言われる。シオンは耕されて畑となり、エルサレムは石塚に変わり、神殿の山は木の生い茂る丘となる』と」と記されているように、ミカの活躍は1世紀経った後の時代にもしっかり記憶されていました。

 

 ミカとは、「誰が主のようであるか」(ミカイェフー)という意味の言葉の短縮形で、ヘブライ語ではごく普通の名前だったようです。旧約聖書中に、ミカと称する人が9人います(士師記17章1節、サムエル記下9章12節、ネヘミヤ記10章11節など)。

 

 1節に「モレシェトの人」という紹介があります。それは14節の「モレシェト・ガト」のこととでしょう。この町のことはよく知られていませんが、エルサレムの南西約30キロに位置し、レハブアムがエルサレム防衛のために建てた砦の町々の一つ「ガト」のこと(歴代誌下11章5,8節)、あるいはその傍にあった町ではないかと考えられます。

 

 預言者アモスの出身地テコアも、レハブアムの建てた砦の町でした(同6節)。ミカはエルサレムの住民で預言者として働いていますが、他のミカなる人物と区別するため、出身地をつけて「モレシェトの人ミカ」と呼ばれているのでしょう。

 

 本書は、サマリアとエルサレムについてミカに臨んだ主の言葉で、それは彼が幻に見たものであると説明されています(1節)。「幻に見た」(1節)は「ハーザー(見る、予見する、預言する)」という言葉です。サマリアは北イスラエル、エルサレムは南ユダの首都です。両首都についての預言ということですが、本来的には、エルサレムと南ユダ王国に向けてなされたものです。

 

 さて、5~7節にサマリアに対する裁きの言葉があり、次いで8,9節に悲しみ嘆く言葉があります。サマリアに裁きの手が降るときが来たこと、そして、その影響はユダも無視できないことを、5,9節に示します。というのも、サマリアが裁かれるのは、ヤロブアム以来の主なる神に対する背きの罪のためですが、ユダもそれと無縁ではないからです。

 

 ただ、主が正義を行われることに、喜びを感じておられません。主の心を支配しているのは、怒りではなく、悲しみです。「わたしは悲しみの声をあげ、泣き叫び、裸、はだしで歩き回り、山犬のように悲しみの声をあげ、駝鳥のように嘆く」(8節)と言われ、次いで冒頭の言葉(9節)のとおり、「まことに、痛手はいやし難く、ユダにまで及び、わが民の門エルサレムに達する」と語られています。

 

 ここに示される主の悲しみ、痛手は癒し難いものでした。それは、主がイスラエルの民を深く愛しておられるからこその嘆き、悲しみです。主の厳しい裁きの背後には、民を愛してやまない主の深い嘆きがあるのです。ということは、この預言は、単に裁きを告知しているのではなく、イスラエルの裁きを通してユダの民が悔い改めて主に立ち返ることを求めて、主が忍耐をもって招いておられるのです。

 

 私たちも、愛の神を信じ、主の導きに絶えず従っていきたいと思います。愛する同胞の救いのため、執り成し祈りたいと思います。聖霊に満たされ、その力を受けて、救霊の業に励みたいと思います。

 

 主よ、私たちの町を、私たちの国を憐れんでください。御名のゆえに正しい道に導いてください。主こそ、私たちのまことの羊飼いだからです。主が愛と慈しみをもって、わが国、同胞を憐れみ、必ず救いの恵みをお与えくださると信じて、感謝致します。 アーメン

 

 

「ヤコブよ、わたしはお前たちをすべて集め、イスラエルの残りの者を呼び寄せる。わたしは彼らを羊のように囲いの中に、群れのように、牧場に導いてひとつにする。彼らは人々と共にざわめく。」 ミカ書2章12節

 

 イスラエルに悪がはびこり、貪欲が国を支配しています(1,2節)。それを主なる神が裁かれます(3節)。それは、彼らが不正に手に入れた土地、畑が取り上げられて他者のものになり、嘆きの歌を歌う羽目になるということです(4節)。

 

 このミカの預言を、権力者、裕福な者たちは「たわごと」(6節)と決めつけ、「こんなことについてたわごとを言うな。そんな非難は当たらない。ヤコブの家は呪われているのか。主は気短な方だろうか。これが主のなされる業だろうか」(6,7節)と言って、真剣に耳を傾けようとはしません。

 

 「たわごとを言う」と訳されている原語は、「流れる、滴り落ちる」(ナータフ)という意味の言葉で、あまり意味のない言葉を口から溢れさせる、たわごとを言うという表現に用いられます。岩波訳は、「涎(よだれ)を流す」と訳しています。

 

 けれども、主なる神の霊的な導きを受けて語る預言者の言葉を「たわごと、涎」というのは、それこそ、主に向かってたわごとを語っていることになるでしょう。だから、滅びを刈り取らなければならないのです。

 

 主は、「立て、出て行くがよい。ここは安住の地ではない。この地は汚れのゆえに滅びる。その滅びは悲惨である」(10節)と言われました。神の都と言われ、主の神殿の置かれたエルサレムが、民の安住の地にならず、汚れのゆえに滅びるというのです。

 

 けれども、それによってすべての者が撃たれ、滅ぼし尽くされるというわけではありません。冒頭の言葉(12節)にあるように、「イスラエルの残りの者」がいます。主なる神は彼らを呼び寄せると言われます。

 

 「彼らを羊のように囲いの中に、群れのように、牧場に導いてひとつにする」は、口語訳では「これをおりの羊のように、牧場の中の群れのように共におく」、新改訳は「彼らを、おりの中の羊のように、牧場の中の群れのように一つに集める」、岩波訳は「牧草地にいる群れのように、人の群れでざわめく」と訳しています。

 

 いずれにせよ、「残りの者」とは、今は囲いの中にいない、群れとならず追い散らされている弱い羊のような存在、それは即ち、貪欲な権力者によって畑が奪われ、家を取り上げられ、虐げられてきた人々のことと考えられます。あるいはまた、神がイスラエルの家を打たれ、裁かれて、遠く散らされる人々のことを語っていると考えることも出来ます。

 

 主なる神は、「わたしはお前たちをすべて集め」、「わたしは彼らを羊のように囲いの中に、群れのように、牧場に導いてひとつにする」と言われています。エレミヤ書31章10節に「イスラエルを散らした方は彼を集め、羊飼いが群れを守るように彼を守られる」と記されていましたが、主ご自身がイスラエルの牧者となられ、もう一度彼らをご自身の宝の民とされるのです(申命記7章6節以下参照)。

 

 主イエスが「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる」(ヨハネ10章11節)と言われ、「わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊を導かなければならない。その羊もわたしの声を聞き分ける。こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる」(同16節)と語られました。つまり、ミカが語っていた羊飼いとは、主イエスのことだったのです。

 

 囲いに入っている羊とはユダヤ人のこと、囲いに入っていない他の羊とは異邦人のことと言ってもよいでしょう。主イエスの前にはユダヤ人も異邦人もなく、皆をその救いの恵みに招いておられるのです。

 

 今日、主イエスの贖いにより、主イエスを信じる信仰を通して、誰でも神の民となることが出来るようになったのは、感謝この上もないことです。これは、まったく一方的な神の憐れみです。羊を奪い、追い散らす狼から(同10章12節)、主イエスが御自分の命をはって守ってくださるのです。

 

 主は、私たちが命を受けるため、しかも豊かに受けるために来られました(同10章11節)。その豊かさは、物質的なものではなく、私たちと神との交わりの豊かさであり、そしてまた、私たちと隣人との交わりの豊かさを示しています。「一人の羊飼いに導かれ、一つの群れとなる」という親密な交わりのことです。

 

 この神の深い愛と計画に従い、いつも、主イエスと共に歩ませて頂きましょう。

 

 主よ、あなたの恵みを感謝します。深い憐れみのゆえに、神に敵対し、たわごとを語っていたような私たちを、主の群れに加えてくださいました。主に選ばれ、名を呼ばれた者として、その声を聞き分け、ただ主にのみ従うものとしてください。御旨のままに出て行き、豊かな実を結ばせてください。御名が崇められますように。 アーメン

 

 

「それゆえ、お前たちには夜が臨んでも、幻はなく、暗闇が臨んでも、託宣は与えられない。預言者たちには、太陽が沈んで昼も暗くなる。」 ミカ書3章6節

 

 イスラエルの不正を糾弾する預言者ミカの言葉は、次第に激しさを増して来ます。神に立てられて、正義を行うことが期待されている「ヤコブの頭たち、イスラエルの家の指導者たち」(1節)が、善を憎み、悪を愛する者となっているからです(2節)。

 

 1章ではヤコブ、イスラエルといえば、それは北イスラエル王国のことを指していましたが(同5節)、本章では10,12節との関連でエルサレムの指導者たちのことを意味しています。王や裁判官といった指導者がミカの批判の対象になっていると考えられます。

 

 1節の「正義」は「ミシュパート(公正、定め、裁きの意)」という言葉で、神の律法に基づく社会的な正義を示します。指導者たちは正義を知っているはずなのに、本当の意味で、それを知り、味わい、行使することがなかったことを糾弾しています。

 

 これは、ホセアが「この国には、誠実さも慈しみも、神を知ることもないからだ」(ホセア書4章1節)と言い、アモスが「悪を憎み、善を愛せよ」(アモス書5章15節)と語っていることに通じます。北王国でも南王国でも、その指導者たちに正義が見られないのです。

 

 「人々の皮をはぎ、骨から肉をそぎ取る者らよ。彼らはわが民の肉を食らい、皮をはぎ取り、骨を解体して、鍋の中身のように、釜の中の肉を砕く」(2,3節)というのは、彼らがおのが腹の満足のみを追い求め、その権力を笠に、いかに民を食い物にしているかということを、比喩的に表現したものでしょう。

 

 預言者ミカが求める「正義」とは、イザヤが「善を行うことを学び、裁きをどこまでも実行して、搾取する者を懲らし、孤児の権利を守り、やもめの訴えを弁護せよ」(イザヤ1章17節)と告げているのと同様、弱く貧しい人々の訴えを聞き入れ、力のない人々に特別の注意を払うことです。しかし、エルサレムの指導者たちは、おのが役割をはき違えています。

 

 彼らが正義を憎み、悪を愛しているので(2節)、「今や、彼らが主に助けを叫び求めても、主は答えられない」(4節)と言われます。預言者たちについて、「歯で何かをかんでいる間は、平和を告げるが、その口に何も与えない人には、戦争を宣言する」(5節)と言います。「地獄の沙汰も金次第」ではありませんが、神の託宣を取り次ぐのに袖の下を要求しているわけです。

 

 11節にも「預言者たちは金を取って託宣を告げる。しかも主を頼りにして言う。『主が我らの中におられるではないか。災いが我々に及ぶことはない』と」と記されていて、ワイロで裁きを曲げ、貧しい者から搾取したものを神に献げながら、なお神の保護を確信するという、彼らの厚顔無恥ぶりを言い表しています。

 

 だから、冒頭の言葉(6節)のとおり、「お前たちには夜が臨んでも、幻はなく、暗闇が臨んでも、託宣は与えられない」と言われるのです。災いに際して主に叫び求めても、主は何も答えてくださらないのです。「太陽が沈んで昼も暗くなる」とは、彼らの行う占いや呪いが意味をなさない空しいものとなるというのでしょう。

 

 そのことで、サムエル記上3章1節に「その頃、主の言葉が望むことは少なく、幻が示されることもまれであった」とあり、それはシロの祭司エリの息子たちがならず者で、主を知ろうとしなかったためでした(同2章12節以下)。

 

 また、同28章に、侵攻して来たペリシテに恐れをなしたサウルに対し、主が何もお答えにならなかったと言われます(同5,6節)。それは、サウルが主に背き、命じられたことを遂行しなかったからでした(同18節)。

 

 ただしかし、これは昔のイスラエルのことで、自分とは関係ないとは思えません。むしろ、これが私たちの現実なのではないでしょうか。善を憎み、悪を愛するという自覚はありませんが、生活の忙しさにかまけて、主の御言葉を聴くことが疎かになります。祈りの生活が疎かになります。

 

 なかなか、自分に向かって語りかけられている主なる神の御言葉として、聖書を真剣に読むことが出来ません。祈りを通して主の御前に進み、主と親しい交わりをするという静かな時間をとることが出来ません。私たちの事情が主の御言葉に耳を傾けることよりも優先するのです。そしてそれを、やむを得ないこととして来ました。

 

 故榎本保郎先生が、「壊れやすいのは、祈りの祭壇です。あなたの祈りの祭壇は壊れていませんか。あなたの祈りの祭壇から、芳しい香りが主の前に絶えず立ち上っていますか」と語っておられた言葉を思い出します。人の顔色を伺い、人の事情が優先するような聖書の読み方、祈り方をしていて、どうして、生ける神の御言葉を聴くことが出来るでしょうか。

 

 私たちに対して語りかけられる主の御言葉をはっきり聴くことなしに、その御心を悟ることは出来ません。どんなに教理的に正しく教えることが出来ても、それは、どこまでも人間の知恵、知識による言葉であって、それで人の魂を揺さぶり、真の悔い改めに導くことは出来ません。それで、まことの神の愛が伝わるはずがありません。

 

 信仰に入って以来、私たちはどれほど成長してきたでしょうか。いえ、むしろ後退しているのではないでしょうか。主から断罪されれば、言い逃れることは出来ません。ただ素直に、「あなたの仰るとおりです」と認めるほかありません。

 

 しかし今、この裁きの言葉を自分に語りかけられている主の御言葉として真剣に聴くならば、主は私たちの歩むべき道、私たちがなすべきことをも語り示してくださるでしょう。主の御前に謙りましょう。

 

 「皆互いに謙遜を身に着けなさい。なぜなら、『神は、高慢な者を敵とし、謙遜な者には恵みをお与えになる』からです。だから、神の力強い御手の下で自分を低くしなさい。そうすれば、かの時には高めていただけます」(第一ペトロ5章5,6節)と言われているとおりです。

 

 主よ、あなたこそ真の羊飼いです。あなたの他に良い羊飼いはいません。あなたは絶えず私たちのことを心にかけ、必要のすべてを豊かに満たしてくださるからです。主よ、私たちの耳を開いてください。あなたの御声に聴き従います。永遠の命の言葉を持っておられるのは、あなただけなのです。御言葉を聞いて行う者にならせてください。御国が来ますように。御心が行われますように。 アーメン

 

 

「娘シオンよ、子を産む女のように、もだえて押し出せ。今、お前は町を出て、野に宿らねばならない。だが、バビロンにたどりつけば、そこで救われる。その地で、主がお前を敵の手から贖われる。」 ミカ書4章10節

 

 1~3節には、イザヤ書2章2~4節とほぼ同じ言葉が記されています。ミカとイザヤは、ヒゼキヤ王の代に活動が重なる部分もありますので、どちらかが相手の預言を引用したのではないかと考えられています。勿論、共通の預言が神から与えられたと考えることも出来ます。

 

 1節冒頭に、「終わりの日に」とあります。はっきりといつと特定されてはいませんが、未来にこの世が終わりを迎えるときと考えたらよいでしょうか。そのとき、あらゆる国民が高くそびえる主の神殿のある山に来て、どのように生きるべきかを教える神の言葉を学ぶと言います(2節)。つまり、エルサレムが世界の中心になるということです。

 

 そして、彼らは戦争をやめ、剣や槍という武器を、鋤や鎌などの農具に打ち直します(3節)。争いは過去のものとなり、「人はそれぞれ自分のぶどうの木の下、いちじくの木の下に座り、脅かすものは何もない」(4節)平和を味わいます。人類はいつの日か、この預言が実現するのを見ることが出来るでしょう。しかしそれは、ぼんやり待っていれば、そうなるということではありません。

 

 主イエスが、「平和を実現する人々は幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる」と語られたように(マタイ福音書5章9節)、平和の実現に向けて行動することが求められており、そのための祝福がなされているのです。平和の実現のための行動とは、剣や槍などをを用いない、隣人を愛し、その祝福を祈ることです。それこそ、主イエスが十字架を通して、私たちに手本を示されたものです。

 

 このような預言がここに記されているのは、これからイスラエルの民の上に起こるであろう過酷な運命の中でも、希望を失わないように、主を信じるようにということではなかったかと思います。ミカは、冒頭の言葉(10節)で、「お前は町を出て、野に宿らねばならない。だが、バビロンにたどりつけば、そこで救われる」と語っています。

 

 アッシリアがサマリアを滅ぼし、いよいよエルサレムに迫ってくるという状況にあります。そのとき、ミカがこの預言を語ったわけです。バビロン捕囚というのは、これから100年以上も後のことで、バビロンはまだ国を形成していませんでした。

 

 ただ、サマリアが陥落したとき、アッシリアの王はイスラエルの民を捕囚として連行し、バビロンから人々を連れて来て、サマリアに住まわせました(列王記下17章24節)。ですから、エルサレムが陥落すれば、同じようにその民をバビロンに連れて行き、エルサレムに別の民を住まわせるというのは、十分想定されるところでしょう。

 

 そして、100年余り後の紀元前587年に、エルサレムがバビロン軍によって陥落させられ、民が捕囚とされる事態となり、ミカの預言が彼の想定を越えて実現したかたちです。  

 

 しかし、ここで見逃せないのは、「バビロンにたどりつけば、そこで救われる。その地で、主がお前を敵の手から贖われる」という言葉です。なぜ、バビロンに連行されることが救いなのでしょう。その地で、敵の手から贖われるとはどういうことでしょうか。

 

 イスラエルが滅亡し、バビロンで奴隷として働かされるのは、悲劇です。それが救いとなり、贖いとなるということは、この背後に神の御計画、神の御業があるわけです。つまり、単にイスラエルがアッシリアやバビロンとの戦いに敗れたから、亡国、捕囚という憂き目を見るのではないということです。

 

 そのことが11節以下で、イスラエルに対し、神の裁きを実行するために集結している諸外国、たとえばアッシリア、そして後のバビロン、イスラエルを取り巻いている国々が、イスラエルが裁かれたように裁かれて、イスラエルによって滅亡という苦難を味わうというところに示されます(13節)。そのことを通して、主なる神こそが究極的な主権者であることを表されるわけです(7,8節参照)。

 

 イスラエルは、その罪のゆえに神に裁かれなければなりませんでした。しかしながら、神はイスラエルを攻め滅ぼしてしまいたいのではありません。救いたいのです。その罪を贖う用意が、神にあるということでしょう。そこに神の愛があります。憐れみがあります。亡国・捕囚という苦しみを通らなければ学ぶことの出来ない恵みが、そこにあるのです。

 

 「娘シオンよ、子を産む女のように、もだえて押し出せ」(10節)と語られているように、その苦しみは、出産時の陣痛、産みの苦しみなのです。後にエレミヤがバビロン捕囚について、「それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである」と記しています(エレミヤ書29章11節)。

 

 「今、身を裂いて悲しめ」(14節)と言われているように、主の御前に罪を告白し(第一ヨハネ書1章7,9節)、謙りましょう。万事を益としてくださる主を信じ(ローマ書8章28節)、その導きに従いましょう。

 

 主よ、あなたの恵みと憐れみのゆえに感謝します。私たちの国には様々な問題があります。およそ平和を実現しようとしての所業とは思われません。しかし、その問題のかなたにあなたの導きの御手があると信じます。私たちを主の器として整え、用いてください。御心がこの地に実現しますように。御国が来ますように。 アーメン

 

 

「エフラタのベツレヘムよ、お前はユダの氏族の中でいと小さき者、お前の中から、わたしのために、イスラエルを治める者が出る。」 ミカ書5章1節(口語訳・新改訳では2節)

 

 4章14節(口語訳・新改訳は5章1節)に「今、身を裂いて悲しめ、戦うべき娘シオンよ。敵はわれわれを包囲した」とあります。新改訳は「今、軍隊の娘よ。勢ぞろいせよ。とりでが私たちに対して設けられ」、岩波訳は「娘軍勢よ、今こそ集結せよ。敵はわれわれを包囲した」と訳しています。

 

 新共同訳の「シオン」は原文にない言葉で、敵に包囲されて、戦いを余儀なくされている「娘」を、同13節の「娘シオン」と同じ町エルサレムのことと考えて、「シオン」を書き加えたのでしょう。「身を裂いて悲しめ」は、新改訳、岩波訳が「集まれ」と訳した「ガーダド」の「切り込む」からの意訳なのでしょう。

 

 これは、アッシリアの大軍がエルサレムを取り囲んだ紀元前701年の出来事を指すのでしょうか。ヒゼキヤ王がエジプトなどと組んでアッシリアに反旗を翻し、一時期は功を奏してアッシリアからの独立を果たせたかに見えましたが(列王記下18章7,8節)、アッシリアが体勢を立て直して再び進軍してきたときには、それに対抗出来ず(同13節)、高い賠償金を払わされます(同14~16節)。

 

 その上、大軍でエルサレムを包囲してイスラエルの神を冒涜し、無条件降伏を求めました(同17節以下、27節以下、19章10節以下)。それは、再びアッシリアに背くことがないように、ヒゼキヤ王を退位させ、アッシリアの言いなりになる別の王を立てるためだったのでしょう。ただし、これからのことは、聖書外の資料で史実を確認できません。

 

 ヒゼキヤは、この苦境の中で預言者イザヤに託宣を求めました。イザヤは、アッシリアの王が都に入場することはおろか、戦いを仕掛けることもないと、主の言葉を告げました(同19章20節以下)。そして、主は一夜のうちにアッシリア軍を撃ち、アッシリア王センナケリブはひとり、ニネベに逃げ帰り、ニスロクの神殿で暗殺されました(同35節以下)。

 

 センナケリブは紀元前681年に亡くなり、その子エサルハドンが王位に就いています。であれば、列王記下18章16節と17節の間に、20年という時間の経過があったということになります。 

 

 ミカが4章14節に告げていることが、イザヤの告げた預言とその成就を見る前のことなのかどうか、よく分かりませんが、攻め寄せ、町を包囲する敵に対して、「頬を杖で打」たれても何もできない統治者に変えて、冒頭の言葉(1節)にあるように、イスラエルを治める新しい王がベツレヘムから登場することが語られます。

 

 ベツレヘムは、語られているようにイスラエルの中で小さな町ですが、ここはダビデ王の出身地です。ですから、ダビデのように、主なる神への堅い信仰をもって国を治める王の登場を期待したものと言えます(3節)。小さい町ですが、そうであればこそ、町を守るのに自分の力などではなく、主に信頼するほかはなかったでしょう。そして主は、その信頼に応えてくださるのです。

 

 クリスチャンにとって冒頭の言葉は、特別な意味を持つものとなりました。それは、救い主イエス・キリストの誕生を預言する言葉となったからです(マタイ福音書2章6節)。主イエスは、暗闇に閉ざされている人々に希望の光、愛の光、命の光を与えてくださいます。これが、クリスマスのメッセージです。

 

 ここで目を留めていただきたいのは、マタイがミカの預言を引用している中で、一箇所不正確なところがあることです。それは、「いと小さき者」というところが、「決して一番小さいものではない」と変えてあるのです。このような変更が加えられたのは、マタイ自身の体験に基づいているのかもしれません。

 

 彼は、占領国ローマのために税金を徴収する徴税人でした(マタイ9章9節)。その上、不当に取り立てて私腹を肥やしていたため、「罪人」と同列に置かれて人々に軽蔑され、差別されていたのです(同11節)。

 

 ところが、主イエスと出会ってその弟子となり、12使徒の一人に選ばれました。マタイにとって、自分は実際には小さい者ではあっても、キリストがこの世にお生まれになったということ、そのキリストと出会うことが出来たということは、決して小さいことなどではない、否むしろ、それは途方もなく大きなことだということでしょう。

 

 だから、主イエスの生まれたエフラタのベツレヘムは、かつては「いと小さき者」だったかもしれませんが、今や「決して一番小さいものではない」と言えるものに変えられた。誰でも、主イエスと出会うならば、同じように「決して小さい者ではない」といわれる恵みに与ることが出来るというわけです。

 

 マタイの書いた福音書が、今日も、全世界で読まれています。それこそ、決して小さいことではありません。神は私たちを、能力や知恵、財産などによって選ばれたのではありません。それらのものを持たない、無学で普通の人だからこそ選ばれました。それは、ただ神に信頼するためです。主に信頼するとき、決して小さくない働きが神によってなされていくのです。

 

 「ミカ」とは、「誰が主のようなお方か」という意味の名前です。この問いの答えは、主のようなお方は他にはいない、主なる神だけが私たちの信頼に足るただひとりのお方だということです。私たちのためにご自身を犠牲とされた主イエスを信頼し、御言葉に素直に耳を傾けましょう。 

 

 主よ、あなたはいと小さい者を選び、主の力、御名の威厳をもって平和を打ち立てられます。それが、主イエスの十字架と復活を通して明らかにされました。それは、決して小さなことではありません。どうか、世界中にキリストの平和を与えてください。すべての人々の心にキリストの平和がありますように。 アーメン

 

 

「人よ、何が善であり、主が何をお前に求めておられるかは、お前に告げられている。正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩むこと、これである。」 ミカ書6章8節

 

 6章には、裁判所での裁判の様子が描かれているようです。原告は主なる神、その代理人・弁護士は預言者ミカ、山々、峰々が裁判官・証人、そして被告はイスラエルです。

 

 3節に「わが民よ。わたしはお前に何をしたというのか。何をもってお前を疲れさせたのか」という主の訴えがあります。この言葉からイスラエルの民が、主にはついて行けない、もう疲れたと不平を言っているということが想像されます。この背景には、度重なるアッシリアの攻撃があり、主がアッシリアの脅威を取り除いてくださらないことに対する不信、不満があるのではないかと思われます。

 

 それに対して、「わたしはお前をエジプトの国から導き上り、奴隷の家から贖った。また、モーセとアロンとミリアムを、お前の前に遣わした」(4節)と、主なる神がモーセらを遣わし、イスラエルの民をエジプトの奴隷の苦しみから解放されたことを語ります(出エジプト記12章51節、20章2節、申命記7章8節、詩編77編21節など)。

 

 続いて、「思い起こすがよい。モアブの王バラクが何をたくらみ、ベオルの子バラムがそれに何と答えたかを。シティムからギルガルまでのことを思い起こし、主の恵みの御業をわきまえるがよい」(5節)と、バラクがイスラエルの民に呪いをかけようとしたこと(民数記22章1節以下)、そして、預言者バラムがそれを祝福に変えたこと同23章7節以下、18節以下、24章3節以下)を思い起こさせます。

 

 また、シティムからギルガルまでのことを思い起こせといいます。シティムは、出エジプトの民がヨルダン川を渡る直前に宿営したところです(民数記25章1節、33章49節、ヨシュア記2章1節など)。また、ギルガルはヨルダン川を渡った直後に宿営したところです(ヨシュア記4章19節、5章9節など)。つまり、ヨルダン川をどのように渡ったのか、思い起こせと告げているのです。

 

 6,7節は被告の反問で、ではどんな犠牲をささげればよいのかと問いかけます。当歳の子牛(今年生まれた子牛)をささげればよいのか(6節)と問うた後、幾千の雄羊、幾万の油の流れ(7節)と量を増やし、最後に、長子、胎の実をささげるべきかと言います。北イスラエルの滅亡直前、子どもを火で焼いて犠牲にすることが流行りました(列王記下16章3節、17章17節)。

 

 それは、最も高い犠牲を払って、国難を去らせようとしてのことと考えられます。しかしながら、それは主なる神の忌み嫌われる、モレクという異教の神に対して行う儀式でした(レビ記18章21節、20章2~5節、エレミヤ書7章31節など)。

 

 モレクとは、ヘブライ語の「王(メレク)」という言葉に「恥(ボシェト)」の母音をつけて発音したものです。それはアンモン人の神ミルコムのことで、ミルコムとは「王」という意味です(列王記上11章5,7節)。それを揶揄するように、「モレク(恥の王)」というように呼んでいるのでしょう。

 

 主の忌み嫌われる偶像礼拝、それも、子どもを火で焼いて犠牲にするというようなことで、どうして国難を去らせることが出来るでしょうか。「主は喜ばれるだろうか」と問われていますが、答えは「否」に決まっています。

 

 それに対して、冒頭の言葉(8節)が述べられました。主の求めは、いけにえをささげることではありません。「正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩むこと」を、主なる神は求めておられるのです。

 

 「正義」は「ミシュパート(公義、公正、裁きの意)」、「慈しみ」は「ヘセド(慈しみ、善、誠実の意)」という言葉が用いられています。つまり、主が求めておられるのはいけにえではなく、主に聴き従って人々に謙虚に仕えることなのです。

 

 これは、申命記10章12,13節で「イスラエルよ、今、あなたの神、主があなたに求めておられることは何か。ただ、あなたの神、主を畏れてそのすべての道に従って歩み、主を愛し、心を尽くし、魂を尽くしてあなたの神、主に仕え、わたしが今日あなたに命じる主の戒めと掟を守って、あなたが幸いを得ることではないか」と語られている言葉と同様です。

 

 また、預言者サムエルがサウル王に告げた、「主が喜ばれるのは、焼き尽くす献げ物やいけにえであろうか。むしろ、主の御声に聞き従うことではないか。見よ、聞き従うことはいけにえにまさり、耳を傾けることは雄羊の脂肪にまさる」(サムエル記上15章22節)という言葉を思い出します。

 

 9節以下は神による告発で、主が求めておられる「正義」と「慈しみ」と「へりくだり」がいかに欠如しているか、「不正」、「不法」、「偽り」に満ちているかが述べられ、それゆえに滅びを刈り取らなければならないと告げられます。

 

 こうしてみると、イスラエルがエジプトの奴隷の苦しみから解放されて以来、主は一貫して同じことを民に求めておられ、それに対してイスラエルの民は、主を畏れず、不正を行い、偽りを語り、異教の神に心迷わされ続けて来たわけです。

 

 これらの言葉を聞いて、私たちはどうしたらよいのでしょうか。それはまず、主の恵みを数え、感謝をささげることです。また、主を愛し、隣人を愛することです。そして、怠惰と不従順を悔い改めることです。思い上がらず、主に従って歩み、顔を上げ、胸を張り、誠心誠意働かせていただきたいと思います。

 

 主の御名が崇められますように。主を信じ、主に仕える者たちによって、御心が地の上に行われますように。御言葉が聖であること、御言葉の内に命があることを、たえず弁えさせてください。主と共に歩む喜びと平安を常に味わうことが出来ますように。 アーメン

 

 

「あなたのような神がほかにあろうか。咎を除き、罪を赦される神が。神は御自分の嗣業の民の残りの者に、いつまでも怒りを保たれることはない、神は慈しみを喜ばれるゆえに。」 ミカ書7章18節

 

 これまで見て来たように、主なる神は私たちの犯す罪を、黙って見過ごしにされません。むしろ、厳しく断罪されます。けれども、主は罰を与えたくて、私たちを裁かれるわけではありません。誰が、愛する者を裁きたいでしょうか。可愛い子どもに厳しい鞭を当てるのは辛いこと、悲しいことです。

 

 ミカは、「悲しいかな、わたしは夏の果物を集める者のように、ぶどうの残りを摘む者のようになった。もはや、食べられるぶどうの実はなく、わたしの好む初なりのいちじくもない」(1節)と語ります。

 

 「夏の果物」(カイツ)は、アモス書8章1節にも登場します。それは、北イスラエルの「最後」(ケーツ)を示す、語呂合わせによる裁きの預言でした。ここでミカが告げているのは、ぶどう園に赴いたところが、摘むべき実がなかったということです。

 

 2節に「主の慈しみに生きる者はこの国から滅び、人々の中に正しい者はいなくなった。皆、密かに人の命を狙い、互いに網で捕らえようとする」とあります。つまり、摘むべきぶどうの実とは主の慈しみに生きる者、初なりのいちじくとは、正しい者ということで、公正と正義という実を実らせているべきエルサレムの町に、何ひとつその実を見ることが出来なかったということです。

 

 むしろ、都の人々は暴力をもって人の命を奪い、また隣人を陥れることばかり考えています(2節)。役人、裁判官が私利私欲のため、賄賂を取って公道を曲げています(3節)。「最善の者も茨のよう」(4節)とは、トゲばかりあって無益なものということでしょう。隣人、友人も信頼できず(5節)、家族の中にも信頼や尊敬を見ることができません(6節)。

 

 「悲しいかな」(1節)と歌い始めているとおり、ミカにとって、そのときのエルサレムの都は嘆くほかない状況であり、 「お前の見張りの者が告げる日、お前の刑罰の日が来た。今や、彼らに大混乱が起こる」(4節)と、主の裁きが目前に迫っていることを告げるのです。

 

 しかし、預言者はそのような悲しみの中で、ただ絶望しているわけではありません。「しかし、わたしは主を仰ぎ、わが救いの神を待つ。わが神は、わたしの願いを聞かれる」(7節)と、信仰の言葉を語ります。同胞には期待が持てなくても、むしろ失望せざるを得ない状況にあっても、そこでなお憐れみの主に頼り、救いを待ち望むのです。

 

 そうして、冒頭の言葉(18節)を語ります。ここで、主なる神は私たちの「咎を除き、罪を赦される」お方であると言います。確かに、主なる神は私たちの咎を除き、罪を赦すために、御子イエス・キリストを贖いの供え物として十字架にかからせなさいました。それによって私たちは、主イエスを信じる信仰を通して義とされるのです(ローマ書3章21節以下、24節)。

 

 義とは、神との正しい関係ということを表します。「義」という漢字は、「羊」の下に「我」と書きます。罪を取り除く神の小羊である主イエスのもとにひれ伏すとき、私たちは義とされるという文字になっているわけです。さらに、「我」という漢字を調べると、これは「手に持った刀を振り下ろす」という字で、「義」は羊を殺すことによって成立するということでした。

 

 つまり、羊を殺して主にささげ、それによって私たちの罪を赦していただき、主との関係が回復され、元通りの交わりが持てるようになるのです。かくて、5章1節が救い主の誕生を預言したものと受け止められたように、冒頭の言葉(18節)は、救い主による贖いの業を預言したものと受け取ることが出来ます。

 

 不義な私たちを義とするため、キリストを十字架の犠牲とされたのは、神の深い愛のゆえ、憐れみのゆえでした。主なる神は私たちを愛し、義とするために罪を裁かれるのです。そして、主との関係が正された私たちは、光に導かれます。9節に「主はわたしを光に導かれ、わたしは主の恵みの御業を見る」とあるとおりです。

 

 ヨハネ福音書8章12節で主イエスは、「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ」と言われました。また第一ヨハネ1章7節に「しかし、神が光の中におられるように、わたしたちが光の中を歩むなら、互いに交わりを持ち、御子イエスの血によってあらゆる罪から清められます」とあります。

 

 この交わりは、何よりも素晴らしい主との交わりです。罪が清められ、神の子どもとされます。永遠の命を受け、永遠の関係に入れられます。これは、主が一方的に私たちに与えてくださったものです。決して私たちの行いによるのではありません。まさしく、「主の恵みの御業」です。主イエスを信じたとき、主はこの恵みを味わわせてくださいました。

 

 そして、キリストの光を頂いた私たちは、主イエスが語られたごとく、この地において、人々の前にその光を輝かす「世の光」とならなければなりません(マタイ福音書5章14~16節)。私たちの天の父なる神が崇められるようになるためです。そのために、神は私たちを約束の聖霊で満たし、主イエスの証人となる力をお与えくださいます(使徒言行録1章8節)。

 

 聖霊の満たしと導きを求め、主の愛の証し人、救いの証し人とならせて頂くことが出来るように祈りましょう。

 

 主よ、あなたの義と愛による恵みの御業に心から感謝致します。私たちもあなたの光に導かれました。どうか、私たちを用いて御業を行い、あなたの光をこの地に輝かせてください。そのために、私たちを絶えず聖霊に満たしてください。この地において御心が行われ、いよいよ御名が崇められますように。 アーメン

 

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