ヨナ書

 

 

「わたしの手足を捕らえて海にほうり込むがよい。そうすれば、海は穏やかになる。わたしのせいで、この大嵐があなたたちを見舞ったことは、わたしが知っている。」 ヨナ書1章12節

 

 今日から,ヨナ書を読み始めます。ヨナ書は、預言書の中で特異な存在です。他の預言書は、預言者の言葉や行動で主なる神の御旨を告げています。ところが、ヨナ書はひとつの物語であり、主の言葉はごくわずかです。

 

 ヨナ書では、ヨナを三人称で語っており、著者は不明です。書かれた年代についても、確定的ではありませんが、恐らく、バビロン捕囚後、紀元前6~4世紀の間に書かれたものであろうと想定されています。

 

 主人公アミタイの子ヨナについて、列王記下14章25節に「イスラエルの神、主が、ガト・ヘフェル出身のその僕、預言者、アミタイの子ヨナを通して告げられた言葉の通り、彼はレボ・ハマトからアラバの海までイスラエルの領域を回復した」と記されています。ヨナの出身地ガト・ヘフェルは、ガリラヤ近辺、ナザレの村から北東に5kmのところにある町です。

 

 ヨナは、ヤロブアム二世の時代、即ち、紀元前8世紀前半に北イスラエルの預言者として活動していたようです。そして、彼の預言の通りに、ヤロブアムは「レボ・ハマトからアラバの海まで」、つまりアラム北方の町から死海まで、ダビデ、ソロモン時代の国土を回復できたというのです。ただ、ヨナ書にはそのことについては全く触れられていません。 

 

 さて、預言者ヨナは主に、アッシリアの首都ニネベに行って主の言葉を告げるように命じられます(2節)。アッシリアは、ティグラト3世の時代(紀元前745年~727年)、パレスティナを支配すべく圧迫して来つつありました。その首都ニネベに行って、主の言葉を告げるよう、ヨナは命じられたのです。3章4節によれば、「あと四十日すれば、ニネベの都は滅びる」という裁きの言葉でした。 

 

 ところが、ヨナはアッシリアに向かわず、ヤッファからタルシシュ行きの船に乗ります。タルシシュは、スペイン南部のジブラルタルに近い「タルテソス」のことと考えられています。遠く海を隔てた地との交易のため、かなり大型の船が就航していたそうです。

 

 ヨナは船に乗り込みました(3節)。しかし、やがて大風が吹いて海は大荒れとなります(4節)。船乗りたちは助かるための懸命の努力をしていますが、その間、ヨナは船底で寝込んでいました(5節)。黒澤映画の「悪い奴ほどよく眠る」ではないでしょうが、この嵐の船の中でよく眠れるものです。

 

 寝ているヨナを見つけた船長が、彼を起こして「寝ているとは何事か。さあ、起きてあなたの神を呼べ。神が気づいて助けてくれるかも知れない」(6節)と言います。さながら、嵐の船の中で寝ていた主イエスを起こして、「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」(マルコ4章38節)と言ったペトロの言葉のようです。

 

 このとき、船長がヨナを何者と考えていたのかは不明ですが、しかし、嵐の中、船底で寝込んでいられるヨナの様子に、神がかり的なものを感じていたのではないかと思われます。それで、「あなたの神を呼べ」と言ったのでしょう。

 

 ここで、ヨナの無責任さと船乗りたちの真剣さが際立って対比されています。ヨナは、主なる神の命令に逆らって逃げました。そのために嵐になりました。そして今、船は沈没しそうになっています。船に乗っている人々の命は風前の灯です。しかし、そのためにヨナは何もしません。ただ寝ていただけです。

 

 その後、この災難の原因を探るためのくじ引きが行われ、ヨナにあたります(7節)。そこでヨナは、自分のことを白状します(9,10節)。荒れる一方の海を見て、「あなたをどうしたら、海が静まるのだろうか」(11節)という船乗りたちの問いに答えたのが、冒頭の言葉(12節)です。

 

 それを読めば、彼がすべてを承知していることが分かります。しかし、開き直った者の頑なさ、愚かさのゆえに、船具や荷物だけでなく、同船している多くの人々の命までも危険に晒されます。こんなとばっちりは、ごめんこうむりたいものです。

 

 ヨナは、自分さえ海に投げ込めば、彼らはこの危機を回避できると告げました。ところが、船乗りたちは、それをすぐに実行しません。何とか他の方法はないかと努力を続けます(13節)。乗客の命を最優先する態度は見上げたものです。しかしながら、荒れる海の前に彼らの努力は空しく、やむを得ずヨナが言うとおりにします。すると、海は静まりました(14,15節)。

 

 ヨナは今、自分の身の上を明かすことで、船乗りたちに主の言葉を語りました。そして、彼の言葉のとおりに海が静まったことで、すべてが主の御手の中にあることを教えました。だから、彼らは大いに主を畏れ、いけにえを献げて誓いを立てました。これから、主こそ神であることを認め、その言葉に従うことを誓うのです。

 

 このことから、主はどんなことも生かして用いることが出来るお方であると知ることが出来ます。主はすべてを益に変えることがお出来になるのです(ローマ書8章28節)。

 

 すべてを統べ治めておられる主に信頼して、御言葉に耳を傾け、その導きに素直に従う者にならせて頂きましょう。

 

 主よ、私たちの愚かさを赦し、憐れんでください。御旨を知りつつも、それに従わないことで、他者を災いに巻き込むようなことがないように助け導いてください。絶えず主を呼び求めさせてください。御言葉に従うことが出来ますように。御心がこの地になりますように。 アーメン

 

 

「わたしは山々の基まで、地の底まで沈み、地はわたしの上に永久に扉を閉ざす。しかし、わが神、主よ、あなたは命を滅びの穴から引き上げてくださった。」 ヨナ書2章7節

 

 「ニネベに行きなさい」という主の命令に背き、タルシシュ行きの船で逃げ出して大嵐に遭い、荒れた海に放り込まれたヨナのために(1章参照)、主なる神は巨大な魚を備え(1節)、彼を深海から陸地に戻されました(11節)。2節以下には、三日三晩魚の腹の中にいたヨナが、そこからささげた主への祈りが記されています。

 

 三日三晩という時間を魚の腹という暗闇の中で過ごしたヨナは、主を呼び求め(2,3,8節)、そして救いの希望を語ります(3,7,8,10節)。タルシシュへ渡る船の中で大嵐に遭ったとき、それが自分の背きの罪のゆえと承知しているヨナは、既に死を覚悟していたでしょう。

 

 主に背く逃避行ということですから、開き直っていたというのが正解かも知れません。何しろ、ヨナは荒れる海に漂う船の底で、「ぐっすりと寝込んでいた」(1章5節)というのです。そして、船員たちによって荒れた海に投げ込まれたとき、そこで自分の命が終わりになるはずでした。ところが、予想した通りにことは進みませんでした。巨大な魚がヨナを呑み込んだからです。

 

 それはしかし、ヨナにとって即救いにつながるものではありませんでした。溺死を免れはしたものの、なお魚の腹の中で深海に留まっているからです。生きながら、じわじわと深い暗闇の淵に引きずり込まれる恐怖に、恐れ戦いていたのではないでしょうか。5節に「わたしは思った、あなたの御前から追放されたのだと。生きて再び聖なる神殿を見ることがあろうかと」と記されています。

 

 そこで、嵐に揉まれる船底でぐっすり寝込むことの出来たヨナも、魚に呑み込まれるという異常事態に先が見えず、死を覚悟していたにも拘わらず、永久に主なる神の御前から追放されるという恐れから、思わず知らず主に向かって叫び、助けを乞うたのではないでしょうか。

 

 祈りの言葉をよく見ると、詩編16編、18編、88編などにある詩文によく似た言葉が出て来ます。預言者として活動しているとき、否、それ以前からよく味わい、暗唱していた詩の言葉が、その絶体絶命の危機の中で彼の思いと重なって、祈りの言葉になったのだと思います。詩編の御言葉が、恐怖に震える彼の心を守り支え、主に祈る力を与えたわけです。

 

 背きの罪の重さから、主に捨てられるという恐怖を味わったとき、開き直っていたヨナの心に御言葉が思い出され、信仰の目が再び目覚めたということは、あるいは、主が彼の心に御言葉を思い出させ、もう一度信仰に立つことが出来るように導いてくださったということではないでしょうか。

 

 私たちも、そのようなことを味わわなければ、なかなか真実に悔い改め、主のもとに立ち返れない、愚かで傲慢な者です。それにも拘らず、冒頭の言葉(7節)でヨナが語っているように、その滅びの穴から引き上げられるという恵みに与ることが出来たのは、ただただ主なる神の深い憐れみのゆえです。

 

 ヨナは未だ魚の腹の中であり、死の恐怖が全く去ってしまったわけではありませんが、主の名を呼んでその祈りが主に届いたこと、滅びの穴から引き上げられたことて、感謝の声をあげ、「いけにえを献げて、誓ったことを果たそう。救いは、主にこそある」(10節)と、希望をもって告げます。 

 

 あらためて、私たちの信仰の原点がここにあると思いました。つまり、神の憐れみなしには生きられない存在であるということ、今こうしてあるのは神の恵みであるということです(第一コリント書15章10節)。限りない憐れみのゆえに、罪赦され、神の子とされ、永遠の命を授けられるという恵みに与りました。

 

 私たちが神の子とされているということを、聖霊なる神が保証してくださいます。御霊の働きによって、「アバ、父よ」と呼び、祈ることが出来るのです(ローマ書8章14~16節)。御霊の執り成しにより、万事が益となるように共に働くということを味わいます(同8章26節以下、28節)。

 

 そのような神の恵みに応えるため、絶えず信仰に目覚め、御言葉に堅く立って、主の業に励みたいと思います(同15章58節)。そして、絶えず神に向かって感謝と賛美の声を上げたいと思います。救いが主にあり、そこに希望をおくことが出来るからです(10節)。

 

 主の恵みを感謝します。主は恵み深く、その慈しみはとこしえに絶えることがありません。昨日来、御言葉と祈りによる交わりの豊かな恵みに与らせて頂きました。主の恵みに応え、主の御業に励むことが出来ますように。そして、絶えず唇の実を主にささげることが出来ますように。 アーメン

 

 

「神は彼らの業、彼らが悪の道を離れたことをご覧になり、思い直され、宣告した災いを下すのをやめられた。」 ヨナ書3章10節

 

 主なる神が魚に命じられて、ヨナを陸地に吐き出させました(2章11節)。主がそのように計らわれず、魚がヨナを吐き出した場所が深海であれば、命はありませんでした。また、吐き出されないままでいれば、魚の腹の中で消化されてしまったことでしょう。

 

 土の上に立つことが出来たヨナに、再度「さあ、大いなる都ニネベに行って、わたしがお前に語る言葉を告げよ」(2節)という主の言葉が臨みました。ヨナは直ちにニネベに赴きました(3節)。それは、喜び勇んでということではなかったかも知れませんが、少なくとも嵐の海で経験したこと、巨大な魚の腹の中で三日三晩過ごした経験が、ヨナを従順にしていました。

 

 アッシリアの首都ニネベは非常に大きな町で、「一回りするのに3日かかった」(3節)とあります。江戸時代、男は10里、女は9里歩いたと言います。3日歩く距離といえば100~120kmといったところでしょう。東京23区の周囲が140~150kmらしいですから、二千数百年前の町としては破格の大きさです。

 

 ただ、実際のニネベは、北イラク・モスルのティグリス川対岸(東側)にある二つの土山テル・クユンジク(「多くの羊の土山」の意)とネビ・ユヌス(「預言者ヨナ」の意)がこの町の廃墟で、前者は後者の倍ほどの大きさがあり、その両方を周囲13kmほどの城壁が囲んでいます。

 

 アッシリア帝国の首都ニネベの町にやって来た小国イスラエルの預言者の告げる言葉に耳を傾けてくれる人がいるでしょうか。また、ニネベの都の滅びを告げて、無事にイスラエルに帰れるでしょうか。誰も聞いてはくれないだろうという悲観的な思いや、むしろ危害が加えられるかもしれないという恐れや不安なども、はじめに主の命令に背かせる要因となったのではないかと思われされます。

 

 それでも、主の命令どおりまず都に入り、「あと四十日すれば、ニネベの都は滅びる」(4節)と叫んで言いました。それもまた、開き直りといってもよい心理状態だったのかも知れません。歩いて三日かかる外周の三分の一、「一日分の距離を歩きながら」とは、町を囲む城壁の内側付近を一日歩いたということでしょう。

 

 あと二日も同じことをしなければならないというのは、心を重くするものではなかったでしょうか。ところが、そのような彼の恐れ、不安、どうせ誰も聞いてくれないというどこか馬鹿馬鹿しいような思いは、全くの杞憂に終わりました。なんと、ニネベの都の人々は、彼の言葉を聞いて主を信じ、自ら悔い改めの断食を呼びかけ、こぞって身に粗布をまとったのです(5節)。

 

 そして、そのことが王の耳に届くと、なんと王もその仲間となり(6節)、町中に王と大臣たちの名で布告を出し、人も家畜も粗布をまとい、断食して神に祈願するように、また、悪の道を離れ、不法を捨てるようにと命じました(7,8節)。そうすることで、神の怒りが静まり、滅びを免れるかも知れないと考えたのです(9節)。

 

 ヨナが都の周辺で語り、それを聴いた住民が悔い改め始め、その輪が次第に大きくなって中央部にいたり、王を巻き込んで国家の一大事業のように、皆がそれに真剣に取り組みました。1章1節で「彼らの悪はわたしの前に届いている」と主に言わしめたその悪の内容は不明ですが、王はそれを自覚して断食を布告し、「おのおの悪の道を離れ、その手から不法を捨てよ」(8節)と命じました。

 

 それにしても、人だけでなく家畜にも粗布をまとわせ、断食して祈るという徹底ぶりは、一体全体どうしたことでしょう。なぜ、アッシリアの都ニネベの町の人々は、こんなに見事に、主なる神の御前に悔い改めたのでしょうか。特に、国王までもが主を信じ、悔い改めたのはなぜでしょうか。

 

 それはもちろん、ヨナが主の言葉を語ったからです。そのことで、ヨナが熱弁を振るったのがよかったのでしょうか。彼が上手く王を説得することに成功したのでしょうか。ヨナが特に篤い信仰を持っていたからでしょうか。そうかもしれませんけれども、そのようなことではないという可能性は決して低くないと思います。

 

 もともと、ヨナは主に背き、命ぜられたニネベでなく、正反対の方向、地中海の西の果てのタルシシュへ逃げ出したのです。そして、彼は、嵐の海に放り込まれましたが、主が備えてくださった巨大魚によって死の海から救い出されたのです。既に、預言者ヨナの身に不思議な主の御業が起きていました。

 

 つまり、ヨナがニネベで預言活動が出来たのは、主の憐れみによる奇跡ということです。そうすると、ニネベの人々がその言葉を聞いて悔い改めたのも、主の憐れみによる奇跡の御業というほかはないでしょう。

 

 神がヨナに、ニネベの町が滅びると告げさせたのは、本当にニネベの都を滅ぼしたかったからではありません。冒頭の言葉(10節)にあるように、主はニネベの人々が、王を初めとして、人も家畜も断食し、不法を捨て、悪の道を離れたのを見て思い返され、宣告された災いを下すのを中止されました。つまり、主は、ニネベの人々が悔い改めて、ご自分に聴き従うことを望んでおられたわけです。

 

 ということは、ヨナの預言は、ニネベの都に悔い改めを促す警告、イエロー・カードだったわけです。このような、憐れみに富む主の御心がなければ、ヨナの預言も、そしてまたニネベの悔い改めもなかったのではないでしょうか。

 

 そして、今私たちが神を信じているのも、神の御心、神の憐れみなのです。そうです。神はその豊かな憐れみによって、遠く東の日本に住む私たちを救い、生き生きとした希望を与え、そして、朽ちず汚れずしぼむことのない天の資産を受け継ぐ者としてくださったのです(第一ペトロ1章3,4節)。

 

 日々心から主に感謝し、愛と恵みをもって語りかけられる主の御言葉に耳を傾けましょう。絶えず導きに従って歩みましょう。

 

 主よ、私たちの国を顧みてください。ニネベの町の人々のように、政界、財界、教育界などあらゆる世界の指導的な立場にいる者から、一般の人も、そして家畜も皆、神の御前に悔い改め、不法を捨て、正義と公正を行うことを旨とする歩みが出来ますように。主の導きにより、真の愛と平和と清い喜びに満たされますように。 アーメン

 

 

「どうしてわたしが、この大いなる都ニネベを惜しまずにいられるだろうか。そこには、十二万人以上の右も左もわきまえぬ人間と、無数の家畜がいるのだから。」 ヨナ書4章12節

 

 ヨナは、主がニネベに災いを下すのをやめられたことが不満で(1節)、主に向かって怒りを爆発させます。それは「主よ、どうか今、わたしの命をとってください。生きているよりも死ぬ方がましです」(3節)というほどでした。なぜヨナは、主に対してそれほど憤ったのでしょうか。

 

 ヨナは、主が恵みと憐れみの神であり、忍耐深く、慈しみに富んでおられ、災いを思い直される方であることを知っていました(2節後半)。そして、彼は自分がその主の恵みと憐れみによって嵐の海から救われたことに感謝し(2章3,7節以下)、主の命令に従ってニネベの都に行ったのです(3章3節)。

 

 しかし、「わたしがまだ国にいましたとき、言ったとおりではありませんか。だから、わたしは先にタルシシュに向かって逃げたのです。わたしには、こうなることが分かっていました」(2節前半)と言っているところから、彼の思いは、あの嵐の海に投げ込まれる前から変わっていないことが分かります。

 

 即ちヨナは、自分がニネベの都で主の言葉を告げるということは、主なる神の恵みと憐れみがニネベに表わされ、災いを思い返されて滅びを免れることになるだろうと考えていたこと、そして、ヨナ自身はそのようになることを決して望んではいなかったということです。ヨナは、主の恵みと憐れみが自分に向けられるときには感謝していたのですが、ニネベの都に対して表されるのは不満なのです。

 

 言い換えてみれば、ヨナは自分だけを愛してほしいのです。主なる神が自分を含むイスラエルの民以外のものを愛されることに妬みを、そして、そのようにされる主に対して、憤りを感じているわけです。

 

 しかも、アッシリアの王ティグラト・ピレセルは即位後、たびたび軍事遠征を行い、大きな成果を上げます。イスラエルにも紀元前738年に侵攻し、周辺諸国と共に朝貢させました。以後、シリアとイスラエルが反アッシリア同盟を結成すると、再び攻め寄せてダマスコを陥落させ、シリアをアッシリアの属州としました(紀元前733年)。

 

 そして、ティグラト・ピレセルの死後、紀元前721年にその子シャルマナサル王によって北イスラエル王国は滅ぼされることになります(列王記下17章1節以下、6節)。そんな危ない芽は、早めに摘んでおくべきだと考えても不思議ではありません。アッシリアの都が自らの悪によって滅びるなら、それに任せておくべきだということです。

 

 ところが、主はこの国を憐れむと言われます。ヨナにとっては、全く理解に苦しむ展開です。それで、「生きているより、死ぬ方がましだ」(8節)などと、悪態をついているのです。そうした態度に対して主は、「お前は怒るが、それは正しいことか」(4節)と問われます。言い換えれば、お前の憤りは不当なものだということでしょう。 

 

 主はヨナのこの狭い考えを変えさせたいと思われ、とうごまの木を備えられました。木陰が出来たので、ヨナは機嫌を直しました(6節)。しかし、それが一日にして枯れてしまうと、ヨナの気分は最悪になりました(7,8節)。

 

 そこで主がヨナに「お前はとうごまの木のことで怒るが、それは正しいことか」(9節)と問いかけます。ヨナは「もちろんです。怒りのあまり死にたいくらいです」(9節)と答えました。

 

 主はその答えを聞いて、「お前は、自分で労することも育てることもなく、一夜にして生じ、一夜にして滅びたこのとうごまの木さえ惜しんでいる」(10節)と言われ、次いで冒頭の言葉(12節)の通り「どうしてわたしが、この大いなる都ニネベを惜しまずにいられるだろうか。そこには、十二万人以上の右も左もわきまえぬ人間と、無数の家畜がいるのだから」と語られました。

 

 ここに、主なる神の愛が表されています。主はイスラエルの民だけを愛されるのではありません。ヨナを愛され、イスラエルを愛されるのと同様に、ニネベの都に住む人々を愛さずにはおれないのです。

 

 主がニネベの12万の民を愛されるのは、彼らにその値打ちがあるからというのではありません。主は彼らを、「右も左もわきまえぬ人間」と言われています。それは、善悪を弁えないということです。善悪を弁えないということは、悪を行っているということです。つまり、主の御前に罪人であるということです。そして主は、その罪人を愛してくださるのです。

 

 主は、キリストを信じる人だけを愛しておられるのではありません。教会に来る人だけを愛しておられるのではありません。だからこそ、キリストの愛は全世界に伝えられたのです。今日、私たちはその愛を受けています。私たちの家族も愛されています。

 

 私の前任地、大牟田の人口はおよそ12万人、ニネベの都の人口に匹敵する町でした。静岡市の人口は70万人弱です。主なる神はどちらに住む人々も、同じように愛してくださいます。日本に住む1億2700万の人々は、神に愛されているのです。

 

 主は私たち日本人を愛して、すべての罪人のために独り子イエス・キリストを十字架に、罪の贖いの供え物とされたのです。私たちが神に選ばれ、その恵みと慈しみを受けたのは、すべての造られた者に神の愛と恵みを告げ知らせるためです。

 

 その使命を果たすため、主を信じ、聖霊に満たされ、その力に与りましょう。主の証人として、自分の家族、住んでいる町から地の果てにまで、遣わされて出て行きましょう。 

 

 主よ、この小さな私たちに目を留め、限りない愛を注いでくださることを感謝します。あなたの愛を家族に、この町の人々に、わが同胞、そして全世界の人々に示していくことが出来ますように。聖霊を通して、必要な知恵と力を授けてください。御心がこの地になりますように。 アーメン

 

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2014年8月6日サイト開設